最近UPした過去記事
● ひろみちゃん (4/29 up)
● 
● 
● 

いつも「最悪」を考える

miki*

miki*

-
先日私が極度の心配性で、いつも最悪を考えてしまうと書きました。

コメント欄を開けていないので、他に同じような人がいるかどうかは分からないけれど...きっと「私も一緒だよー!」という人がいるんじゃないかなと思います。


この癖って結構自分自身が苦しくて、私が道路族で悩みに悩んだのも、この性格が大きく影響しているのではないかなと思います。

騒音自体を迷惑に感じていたのもあるけれど、私を1番苦しめたのは

「私が近所付き合いしない(道路遊びに参加しない)ことで、子供が傷ついたらどうしよう。子供の成長に悪影響が出たらどうしよう。子供が私のせいで不幸になったらどうしよう。」

ということでした。

今思えば確実に考えすぎで、実際私が近所と一切かかわらなくても娘はスクスクと育ち幸せに暮らしています。


こんな風に、いつも最悪を考えるようになったのはなぜか?

私には1つ心当たりがあります。


私は物心ついたころから、人付き合いが苦手でした。

小・中・高の学生時代、とりたてて学校で孤立していた...という事はありませんが、自分ではどこにも馴染めていない気がしていました。


特に小学生の頃は、みんなのように学校や友人関係を純粋に楽しめないという焦りのような気持ちや、どこか馴染めていない孤独のようなものに加え、

「父親がいない」ということも、私にとっては辛いものでした。(30年ほど前は、今みたいにシングルマザーは多くなく、私が育った田舎ではクラスで1人くらいでした。)

家族で出かけた話や、父親の話に一切入って行けない劣等感、

心無い親御さんが自分の子供に「あそこの子(私)は片親だから遊んではいけない」と言うなど、傷つくことも多かったです。(親に言われた子供は、正直に私にそれを教えてくれるんですよね...。)



そんな孤独な小学生だった私は、4年生の頃に父に手紙を書くことにします。

両親は私が3歳の時に離婚し、その後私は父親とは会ったことはありませんでしたが、誕生日にはプレゼントを送ってきてくれていたので住所は知っていました。

その内容は「とても寂しい思いをしています。もう一度、母と結婚して家族みんなで暮らしたいです。」というようなものでした。

自分の子供にそう言われたら、きっとかわいそうだと思ってくれて父と母がまた結婚してくれる、子供だった私は本気でそう思っていました。

おこづかいで切手を買って、母に内緒で出しました。

私は返事が来るのをとても楽しみにしていて、毎日母が帰ってくる前に何度もポストを確認しました。


1か月が経ったある晴れた土曜日、半日で終わった学校から帰るとポストに真っ白な封筒。心躍るような気持ちで封を開けました。


「お手紙ありがとう。mikiちゃんの気持ちは分かったけど、お父さんは別の人と結婚しているから、もうみんなで一緒には暮らせないんだよ。」


胸がズキンッとしたのを今でも鮮明に覚えています。(他のことも書いていたと思うけれど覚えていません。)


涙がポロポロと出てしばらく泣き続けました。


でもこれは絶対に母に知られてはいけない。


今日が土曜日でよかった、と冷静に思ったのも覚えています。(土曜日は私は学校は半日でしたが、母は夕方まで仕事だったので。)


母には言えない、こんなこと友達にも絶対に言えない。


この時に強く思ったことは、「大人はとても勝手だ」ということと「期待したら悲しみが大きくなる」ということ。


私に期待させないようハッキリと伝えてくれたのは父の優しさだと、大人になった今ならよく分かる。だから素直に感謝しています。


けれど...この体験が私の生きていくうえで、とても大きな出来事になったのは間違いないと思います。


こんなことは想定外だ!

こんなはずじゃなかった!


ではなく、


やっぱりそうだよね、と思う方が傷つかずに済む。


そう思って生きてきた結果...とても心配性で、いつも最悪を考える人間になったのかもしれません。


そんな性格はしんどいけれど、きっと直すことは難しい。


それに、この性格のおかげで「準備・対策」をしっかりするので、それはそれでいいことなのかもしれません。



色々と思い出して書いてみましたが...同じ年のマル子と色々と比べると、私は結構しっかりした子供だったなぁと感じました。

たくさん傷つき、1人でたくさんのことを抱えていた小さな私。

誰も抱きしめてくれなかった小さな私を、ギュッと抱きしめてあげたくなりました。
関連記事

最終更新日2022-03-17
Posted by miki*